散り際。

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満開の桜、綺麗でございますな。青と言うより水色に近い淡いパステルの空と、これまた淡いピンク色の花弁のコントラストは、日本に産まれて良かったなァ、美しすぎて呼吸をするのを忘れてしまったよ、となる程切綺麗なものでございます。

だからこそ多くの人の心を打ちのめすのでありましょう。いやいや、打ちのめしちゃったら元も子もないですなァ。とは言うものの、あたくしに致しましては、満開の桜よりも葉桜手前、散り際の桜が好きでございます。

天を舞う桜の花吹雪を見ながら、「どうだこの桜吹雪が目に入らぬか!! 」とどこかの奉行のようなことを心の中で呟きながら、天を見上げては花弁が目に入ったりするわけでしてね。花弁に対して判決を言い渡したりなんか致しまして。散り際の桜を見てはこのように浮かれているのでございます。

あたくしがなぜ散り際の桜が好きなのかと申しますってェと、その「儚さ」と「幕引きの良さ」が大きな要因となっているように思いますな。

ひとつの終わりというものは、だいたい儚く悲しみを伴うものでございます。がしかし、桜の散り際の儚さは、また違った印象を伴っておりまして。なんと言いましょうか、終わりではなく始まりを感じさせ、どことなく心の奥の方がポッと温まるような印象を受けるのでございます。

これは幕引き、まァ終わりの潔さと申しましょうか。春の訪れと共に咲き乱れ、花としての役目を全うして終わりを迎え、地味地味と残るのではなく潔く散って終わらせるという、この幕引きの良さ。この力によって、また儚さを与えてくれるのでありましょうと考えているわけでして。

そのような散り際の桜、これに対してあたくしは自分の人生を投影いたします。散り際美しく、あたくしという人生をあたくしなりに全うして潔く幕を引きたい、そう願うのでございます。

未だ20代後半の人生の若造、これから何を為し、どのように美しく人生の幕を引くのか。神のみぞ知ることでございましょうか、いや神をも知りえないことなのでございましょう。

そう言っている間にも上から何やら散ってまいりましたな。おや、何でしょうこの黒くて細い毛のようなものは…。

お後が宜しいようで。